豪漫画家のS・ウィリアムズ差別的風刺漫画問題に想ふ。

オーストラリアの風刺漫画が世界的に話題になっている。


先日も思うことを書いた全米オープン女子決勝の問題は、未だに収拾の気配がありません。こちら。

オーストラリアの風刺漫画家の作品が世界的に批判を浴びているようで、日本でもネットニュースにて報じられています。

ハリーポッター原作者や米議員など、世界中から性差別であり人種差別であるとの非難を浴びているようです。この差別批判については個人的に全く同意できません。それどころか過剰でヒステリックな人権意識は、人類が自らの首を絞めるかのごとき行為だと感じます。

明らかに差別が表現されていない。


絵を見て思うことは、侮辱的だということです。必要以上にブサイク(失礼)というか虎子(わからなかったらググって)に描かれており、侮辱的であるとセリーナ選手が訴えれば勝てるかもしれません。ですが、この絵のどこに性差別や人種差別が描かれているというのでしょうか。

まず、人種差別については、セリーナ選手も大坂選手も褐色の肌をしています。二人ともアフリカにルーツを持ちますが、それを描くことが差別であるというならば差別なのでしょう。ですがこの場合、絵画作品で褐色の肌を描くことが差別になるのであれば、映像作品や写真でもそうなる恐れがあります。そこまでいってしまうと、もはや存在そのものが差別であるとの極端なことになりかねません。

次は性差別的であるかについて考えてみたいと思います。

セリーナ選手も大坂選手も女性的な髪形、そして胸の膨らみが表現されています。これが差別なら、美術館に展示されている巨匠の女性を描いたものも全てアウトでしょう。

では一体何が問題なのでしょうか。差別だと非難している人たちは大きな履き違えをしていると感じます。

差別の拡大解釈は自らの首を絞める行為だ。


まず、作者が何を描きたかったのかです。セリーナ選手が地団駄を踏んでラケットを破壊しています。その傍らには赤ちゃん用のおしゃぶりが…。

つまり、激しく執拗に審判に抗議をし、ラケットを破壊したセリーナ選手の行動を大人げない行為だと揶揄をしているのです。赤ちゃんのように聞き分けのない姿だと揶揄をしているのです。現在、世界中から非難を浴びている作者はこう訴えています。

「人間の振る舞いに関して性別を持ち出すな。」

わたしはその通りだと感じます。セリーナ選手の長年女王の座に君臨してきた者に相応しくない振る舞いを揶揄しているのです。これを性差別だの人種差別だのと言ってしまえば、誰も何も批判など出来なくなってしまいます。過剰な差別意識を利用して、免罪符とすることも可能になってしまいます。

差別とは何か。


差別とは違いを区別し貶めることだと考えています。この絵が性差別的だというのならば、女性であることを揶揄する表現がなされていなければなりません。この絵が人種差別的だというならば、アフリカ系の人種であることを揶揄されていなければなりません。

この絵が揶揄しているのは、元女王の子供じみた振る舞いです。

著名なアスリートの振る舞いを批判することが差別にあたるなど正気の沙汰とは思えません。相撲で横綱に品格を求めることも差別になってしまいます。

とはいえ、わたしはこの絵の作者を擁護するつもりはありません。なぜなら侮辱的であることは間違いがないからです。この絵を批判するのなら、セリーナ選手の振る舞いを表現するのに必要以上に侮辱的で下品な表現をするなと言えばいいと思います。元女王に対する敬意が欠けていると言えばいいと思います。決して差別的だというような見当違いの批判をするべきではないと思います。世の中がそういう方向に進むことを恐ろしく感じます。

ヒステリックで過剰な権利意識がもたらすもの。


何事もほどほどが良いようです。人権を尊重するということはとても大事だと思うのですが、あまりに過剰に過ぎると息苦しい社会を招くだけです。何も言えない、何も出来ない社会。それこそ過剰な人権意識が、誤った行動を指摘する事すら出来なくする。人類の権利を保護するつもりが、むしろ自由な発言や表現を阻害し、権利が抑制されてしまう。少なくとも、豪国の漫画家による、セリーナ選手に対するアンチスポーツ的な振る舞いに対する批判は潰されてしまいました。わたしのこの文章も、世界中の人の目に触れれば、差別的だと揶揄されるかもしれません。過剰な意識が言論の自由も奪い、人権問題をアンタッチャブルな領域にしてしまうことは、人類にとって、人権問題にとって、退化であると考えます。

過剰な政治意識は右翼も左翼も暴力的で抑圧的にします。

過剰な宗教意識はイスラム原理主義による過激派のテロリストの生みの親になってしまいます。

人権意識もほどほどにしておかないと自らを抑圧し、権利を奪ってしまうことに繋がってしまうと危惧します。

 

 

余談ですが…。


全米オープン女子優勝者大坂選手と、男子優勝者ジョコビッチ選手の記念写真見ましたか。二人並んで優勝カップを手に持っている写真です。

男子の優勝カップと女子の優勝カップは大きさが違うんですね。男子の方が大きいですね。

セリーナ選手の件よりも、こちらの方がよっぽど性差別なんじゃないかと思えちゃうんですけど。(笑)

底辺住男

馬鹿です。低学歴です。 社会の底辺ゆえに、不平不満を漏らすことで傷ついた自尊心を満たします。 腹が減ったら飯を喰らいます。 低知能ゆえに、本能に支配される低俗な動物です。 それでも死ぬまでのあいだは生きているようです。

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2件のフィードバック

  1. 2018年9月14日

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  2. 2018年9月14日

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