高校野球タイブレーク制に想ふ。

高校野球史上初のタイブレーク決着

昨日六日の第四試合、旭川大高対佐久長聖戦が、史上初めて新ルールタイブレークで決着することとなった。私などからすれば、最後の夏の終わりがタイブレークで決着するというのは、かわいそうな気がする。世間の声も似たような思いの人は多いようだ。意外にも、甲子園を去ることとなった佐久長聖の声はサバサバしている。そこには「同じルールのうえで対等に戦った結果だからしょうがない」というスポーツマン精神に則った潔さが感じられる。また、高校球児たちは、世間がイメージする高校球児の枠からはみ出さない。それは球児たちも子供のころから甲子園を見て、憧れて、それが価値観の形成に繋がっているからだろうと思う。連綿と続く高校野球の歴史が、その源流に流れる精神性も受け継いでいく母体になっているのだと思う。

一瞬の儚さが、その散り様が、見ている人々に感動を与えるのだと思う。高校三年間の儚い一瞬の最後には、せめて全力を尽くしたうえで、燃え尽きさせてあげたいと思う。

それでも、ルールに則り、敗北を受け入れる様は、清々しく高校球児らしい。

この高校球児らしいという価値感は、球児たちも先輩たちを見て受け継いできたのだと思う。これが脈々と続く日本人の精神性の一部だと思うが、その価値観が嫌いでたまらないという現代日本人は多いことと思う。全く無関係なのだが、軍国主義と結びつけられたり。

一瞬の美しさを儚く散らす桜に軍国主義の面影などありはしません。むしろ、もっと昔から存在するものでしょう。そういう民族が近代において軍隊を運営すれば、軍隊も民族性を帯びたものになって当然でしょう。軍隊が日本人の精神性を作ったのではなく、日本人の精神性が軍隊を作ったと考えるのはおかしなことでしょうか。むしろ、こちらが自然なことだと思えるのですが。

なんにせよ高校野球が軍国主義の名残だなんて言うのは時代錯誤も甚だしいですね。最近はそういう人はあまりみかけなくなりました。昔はいっぱいいましたけどね。

ところで丸坊主はいつまでやるんでしょうね。

そういや、丸坊主禁止の珍しい高校が今年の甲子園に出ていたような….どこだっけかな。

 

底辺住男

馬鹿です。低学歴です。 社会の底辺ゆえに、不平不満を漏らすことで傷ついた自尊心を満たします。 腹が減ったら飯を喰らいます。 低知能ゆえに、本能に支配される低俗な動物です。 それでも死ぬまでのあいだは生きているようです。

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)